[新版]平成テクニカルライター養成講座

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技術評論社「The BASIC」連載
平成
テクニカルライター
養成講座
Text by Kazumi Takei

 



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今月のお題
第6回(97年6月号)
日常生活すべてが取材だ!?


Wなんて大っ嫌い


 今年のゴールデンウィークは、最低なのだそうだ。なにが最低って、ゴールデンウィークとは名ばかりで、ぜんぜんゴールデンではないのだ。

 GWがはじまる4月29日が火曜日。前日の月曜に休みをとっても、3連休で後がつづかない。後半は3、4、5のみで、これが土、日、月。この最悪の曜日の配列は、86年以来の10年ぶりなのだそうだ。しかも消費税の値上げ。海外旅行は大不振で、「安い・近い・短い」の旅行ばかりとか。安近短(アンキンタン)なのだが、しかしそれでもGW、こんなときに旅行に行こうなんていうヤツは、アンポンタンだな。

 そうなのだ、ライターにGWなんてないのだ。4月初旬から、出版界は早々にGW進行に突入する。以前、年末進行についてちょっと書いたが、それとまったく同じ。GWに出版社や印刷所が休みになるため、前倒しで締め切りがやってくるのである。
 今年のぼくのGW進行は、実は3月末からはじまっていた。連休前に新版ソフトを出したいというソフトハウスの、マニュアルを書いたのだ。
 連休前にソフトを出すためには、その1カ月前、つまり3月末か遅くも4月早々には原稿が出来上がっている必要がある。まあ、これは一般の単行本や雑誌記事の場合だって同じだ。

 マニュアル書きが大変なのは、これがソフト作りと同時進行だという点。ソフトの仕様にしたがい、まだ出来上がっていない部分をも含めて、ベータ版を動かしながらマニュアルを書いていく。ベータ版だから、動かない機能だってある。
 いや、ソフトそのものの仕様が、少しずつ変わってさえいくのだ。その変更にあわせ、あちこちの辻褄合わせもしなくてはならない。

 実は、こういう仕事にはちょっとしたコツがある。ぎりぎりまで締め切りをのばしておいて、一気に原稿を書いてしまうのだ。もちろん、それまでに十分にソフトを使っておく。どこにどんな機能があるのか、そしてそれらをどう解説していくか、それを考えながらソフトを使っていく。
 一気に原稿を書くといっても、1週間や10日もかけるわけじゃない。2日、あるいは多くても3日ほどでほんとうに一気に書き上げてしまうのだ。ほとんど火事場のバカ力といった感だ。

 マニュアルといっても、一般の単行本と同じように200ページを超える本になる。200ページの単行本でも、400字詰め原稿用紙でだいたい700枚程度になる。1日100枚書いても、まるまる1週間かかる分量だ。
 1日100枚の原稿を書くというのは、パソコンの前に8時間すわってひたすら原稿を書いたとしても、1時間で12枚半。つまり5000字になる。原稿を書き慣れない人ではちょっと分量が想像できないかもしれないが、5000字というと1行40字で125行。
 それを1日8時間、毎日1週間つづけるのである。それが苦痛なくできたら、いまごろハワイに別荘が持ててるな。

 だが、それでは間に合わない。コロコロと変わる仕様、それに締め切りと格闘するためには、700枚の原稿を2日か3日で仕上げる必要があるのだ。1日24時間では足りず、30時間くらいぶっ通しでパソコンの前にすわり、キーボードを叩きつづける。
 結局、1日半で400枚を仕上げ、その前に書いておいた300枚と合わせて700枚の原稿を入稿した。こんなことは年に何度もあることではないが、これがテクニカルライターの仕事のしかたなのだ。仕事のやり方は人それぞれだが、時間と枚数を読み、締め切りに間に合わせることができなければ一人前とはいえない。

 ただし、おかげでそれから1週間くらいは、身体じゅうボロボロ。春眠というわけではないが、眠いは、腕は痛いは、頭はボーとするは、膝はガクガクだはで、リハビリが必要だった。そんなことなら、1週間かけて計画的に原稿を書けばいいではないか、と言われそうだが、1日のうちに何度と仕様が変わり、しかもタイトな締め切りに間に合わせるには、たぶんこれがベストの方法だろう。

 この3月末を皮切りに、とくに雑誌の原稿はどんどんGW進行に入っていく。おまけに、単行本だってGW進行だ。連休前には雑誌の原稿を、そして連休明けには単行本の原稿を仕上げることになる。だからライターにGWなどというものは、そもそもないのだ。サラリーマンが休んでいるときに働き、働いているときに優雅に休暇をとる、これがライターのライフスタイルなのである。

材とは人に会うこと


 今月の冒頭では、実は朝日新聞の記事を参考にした。今年のGWが、86年以来の最悪の並びになっているというのは、朝日新聞の記事(97年4月19日付)からの受け売りだ。
 これを参考に、パソコンでちょいちょいとカレンダーを表示させてみて確認した。たしかに今年の連休の並びは、いつになく悪い。

 こう書くと、それでは新聞記事のパクリではないか、などとしたり顔に指摘する読者もいることだろう。たしかにパクリといわれればそれまでだ。が、この記事に触発され、自分で調べたことは事実だし、記事とは論調も異る。連休の並びが、86年以来の悪い並びであるというのは、たんなる事実の指摘にすぎない。この事実を前に、それをどう料理するのかが、ライターの腕の見せ所なのだ。
 ちなみに、件の朝日新聞の記事は、だから旅行業界は大変だという論調で締めくくっている。

 原稿を書いていると、新聞記事に触発されることは多い。いや、新聞ばかりでなく、雑誌の記事、あるいは別の著者の本、それにテレビニュースのアナウンサーの何気ないひと言、週刊のコミック誌、街で目にした広告……、なんにでも触発される。
 いや、たとえばパソコン通信の会議室に書かれていたユーザのひと言に触発されることもあれば、パソコンショップで耳にした店員や他の客の会話、海外のパソコン雑誌、新聞の広告チラシ、街で入った蕎麦屋の箸袋からだって天啓をうけることがあるのだ。
 いやいや、そういうところで天啓を受けたことがない、あるいはちょっとしたアイデアが浮かんだり、コラムの出だしがひらめいたり、といったことがまったくないというライターなどいないだろう。そして、もしそんなことがまったくないなら、そんな人はライターとして長続きしないだろうし、そもそもライターに向いていないというべきだろう。
 ライターにとって、そんな日常生活のひとこまひとこまがすべて、自分が書く文章の参考になることばかりなのだ。それを取材と言い換えてもいいだろう。ライターにとって、日常生活すべてが取材なのだ。

 取材というと、事実を調べたり、人に会って話を聞くもの、と考えている読者もいるだろう。もちろんこれらは取材の王道だといえる。
 前にも書いたが、ぼくはライター稼業をスタートしてすぐ、週刊誌のライターになった。週刊誌ばかりではないが、マスコミの世界というのは取材で成り立っている。週刊誌の場合、たとえば4ページの特集記事なら、取り上げるテーマによっても異っているが、だいたい10〜20人程度の人に話を聞いて取材し、それをまとめることになる。月刊誌の10ページものの特集記事なら、最低でも30人、ものによっては50〜100人程度に会って取材することだってある。

 単行本ではどうか。小説ならまったく取材をしないこともあるが、ノンフィクションものなら200ページの単行本の原稿を書く場合、まず100〜200人に会って取材するのは常識だ。また、そのための資料として、ダンボール3箱くらいの資料には目を通すし、横に積んで1〜2メートル程度の書籍を読むのは事前準備だ。
 もう少し具体的に書いてみよう。まず、編集部で企画が通って特集記事を書くことになったとしよう。テーマによっても異るが、誰にどんな話を聞くのか、あるいはすでにどの程度のことが報道されているのかを知るために、すでに出ている新聞記事や雑誌記事、それに単行本などを調べる。場合によっては、詳しい人に電話をかけ、あるいは実際に会ってレクチャーを受ける。ここまでは事前準備だ。

 この事前準備のために利用されるのが、大宅文庫だ。故大宅壮一氏が集めた膨大な雑誌類をもとに、桜上水に作られた図書館である。雑誌類を中心として、膨大な量の雑誌資料を分類整理しており、ここで調べたことだけで特集記事が書かれてしまうことだってある。
 準備が整ったら、当事者や周辺の人、あるいは詳しい人やコメントを寄せてくれそうな人にアポイントメントをとり、実際に会って話を聞く。会っている時間がないときは、電話で話を聞くことも少なくない。とにかく、わずかな時間のなかでどれだけの人の話が聞けるかが勝負なのだ。
 これが取材である。たいていの週刊誌、あるいは月刊誌などの記事は、こうして作成されていく。もちろん、何度も書くように、これはテーマによって異っている。企業の広報に電話をかけ、資料を送ってもらい、それだけで特集記事が書けてしまうことだってある。が、そういう記事は、おうおうにして手抜きだといわれることもある。

 取材は、しかしあくまで取材だ。資料を調べ、話を聞くが、それを原稿にするかどうかはライターの判断になる。聞いた話のウラを取るのも忘れてはならない。すべての人が、正直にありのままを話してくれるわけではない。ときには、自分の都合のいいようにウソをつく人だっている。
 このウラを取るところまでが取材だ。多くの人に会って話を聞けば、より多くの事実が浮き彫りになってくる。ウソがあっても、それを見抜ける話も出てくるだろう。多くの読者の知らない話が出てくるだろう。だから取材は大切なのだ。誰もが知っている話を記事にしたところで、読者は読んではくれない。

ニュアルにも取材がある


 以上のことは、ごくたいていの新聞や週刊誌、月刊誌など、いわゆるマスコミと呼ばれる現場での話である。
 ところが同じマスコミ、いや同じ報道現場であるはずのパソコン雑誌業界、あるいはテクニカルライターの世界では、この取材がないがしろにされがちだ。若いライターのなかには、取材なんてしたことがないライターだっている。ほんとうにお気軽な世界なのだ。

 たとえば、パソコン雑誌の場合。パソコン雑誌にはたくさんの記事が載っているが、その多くはいわゆる企画ものとよばれるもの。ライターがいて、このライターが責任を持って書く記事だ。
 もちろん、ニュース記事もある。そのへんのパソコン雑誌を見てもらえばわかるだろうが、前半の数ページ、あるいは後半の数ページに、新製品や新しいソフトの発売といったニュース記事が掲載されている。
 その後に特集記事がつづき、連載記事がつづき、さらに読者のページなどがあって、半分は広告で埋まっている。おおまかに言ってしまえば、これがパソコン雑誌だ。
 このニュース記事もよくよく見れば、メーカーやソフトハウスの発表記事のことが多い。インターネットのWebにでも出ているような発表記事だ。

 パソコン雑誌の場合、新製品の情報などはメーカー発表でもかまわないだろう。だいたいメーカーの発表は、実際にモノが出てくる前に行われる。デモ版などを配布することもあるが、そのデモ版を使って記事を書けというほうが無理なのだ。
 読者の側から考えてみよう。パソコン雑誌の読者にとって、新製品の情報というのはそれほど重要ではないだろう。パソコン雑誌の広告を見れば、たいていの新製品の動向はわかる。広告を出していないメーカーやソフトハウスの情報を、このニュース記事からひろえばいい。それとて、自分にとって関心のない機器やソフトの記事なら、目を通すまでもないのだ。

 パソコン雑誌の世界に、ジャーナリズムは育たない、といった論調があるのも事実だ。そんなことは当然で、クルマ雑誌業界にジャーナリズムがないのといっしょなのだ。ジャーナリズムというと、体制に叛骨し、民衆の味方となり、時代を批評する、などといったイメージを抱きがちだが、そんなものは幻想にすぎない。
 たとえば、パソコンについて考えてみよう。メーカーから出てきた新しいソフトや新しいマシンを実際に使用し、それを評価・批判する。使いやすければ誉め、使いにくければ批判する。

 もちろんそれは重要なことだ。最近では、ジャーナリズムが育たないといわれているパソコン雑誌でも、その程度の記事は掲載している。
 しかし、それは国民の生活に密着する政治記事ではないのだ。人々の幸せになる権利を阻むような、企業批判でもないのだ。モノはパソコンであり、ソフトである。人によっては、求める機能も異るものだ。使いやすいかどうかは、利用者によっても異ってくる。いや、ユーザフレンドリではないOSが、世界中のマシンに乗ってしまったパソコンなのだ。

 そういう業界でも、しかしライターのジャーナリスティックな目は必要である。メーカーやソフトハウスから出てくる記者発表資料を見たら、それが多くの利用者にとってどのような位置付けになるのか、きちんと予測し、批判すべき部分は批判し、評価すべき部分は評価すべきだろう。
 そのためにも、ライターがきちんとした取材活動を行うべきなのだ。たとえば、ユーザの意見に耳を傾ける。とくに初心者の声を聞いてみるといい。新しいマシンやソフトが出たら、とりあえず使ってみる。自分が使った上で、きちんとした評価記事を書くべきだ。  もちろん、時間的制約もあるだろう。が、それでもなお、正確で読者のためになる記事を書くのが、プロのライターなのである。

 ソフト解説本に、どんな取材が必要なのか、よく考えてみよう。単純に、ソフトの仕様や利用方を説明する記事や単行本だとしても、たとえばメーカーやソフトハウスの開発担当者に会い、どんな意図でソフトが開発されたのか、どんな利用法を想定しているのか、どんな点が従来のマシンやソフトと異っているのか、といったことを聞き出すのもいい。
 読者の立場にたち、初心者がどんな点で迷うのか、どの点が間違いやすいのか、どんな利用法をしているのか、といったことを聞き出し、それを反映させるのもいい。まったく同じプロットで書かれた解説本でも、これらの点をきちんと取材しているかどうかで、書かれる内容には大きな差が出てくるものなのだ。
 あるいは、ユーザの声をたくさん集め、どんな利用法があるのかを紹介してみるのもいいだろう。巷に氾濫する解説本と比べ、ひと味もふた味も異る本ができあがるはずだ。

 これらの取材のことを考えれば、テクニカルライターもまた一般誌のライター同様、地方在住者などには不利なことがわかる。テクニカルライターなら、地方在住でも可能ですよ、などという意見もあるが、筆者に言わせればこれはウソだ。地方在住の利点を活かすのならともかく、取材をしなくていいから、ひとりで原稿だけ書いていればいいから、などといった理由で、地方在住でも十分にライターとしてやっていけるというのは、自らジャーナリズムを放棄しているのと同義である。
 地方在住でもいいが、より多くの取材を行おうと思えば、東京在住のほうがやりやすいのだ。ソフト解説本も、あるいはパソコンマニュアルもまた、ジャーナリズムなのである。いや、少なくともジャーナリスティックな視点をもって書かれるべきものなのだ。それが読んでくれる読者、とくに初心者のためなのである。

ソコン通信を利用した取材法


 ただし、地方在住者でも取材や仕事のやり方によっては、十分にジャーナリスティックな仕事を行うことは可能だ。ネットワーク、パソコン通信を利用するのである。
 数年前、あるスモールパソコンの本を編集したことがある。自分でもかなりの分量を書いたから、編著だ。
 このときは、パソコン通信を使って原稿を依頼し、10人近くものライターや利用者の原稿を集めて編集した。まだ顔を合わせたこともないライターや筆者、それも地方在住者の原稿を、電子メールで受け取り、これを編集したのである。テーマが斬新だったためか、この本はよく売れた。

 ソフトやマシンの解説本とは、ちょっと視点の異る本だった。実際にバリバリにマシンを使っているユーザの声を、そのまま本に反映させた。いま読み返してみても、いい本だったと思っている。
 テクニカルライターの取材では、たとえばユーザの声を聞くというものがあると前述した。あるいはメーカーの開発担当者の声を聞くこともある。いつもホテルで行われる記者発表だけではないのだ。

 考えてみるといい。これらは事情さえ詳しく説明すれば、電子メールで代用できることではないか。パソコン通信を利用すれば、より多くの、まったく面識のないユーザの声を簡単に聞くことができる。これは従来の取材よりも、より強力な武器になる。
 あるいは以前、某社のソフト解説本を書くために、実際に開発担当者の声を聞きたくて、ソフトハウスに取材に行ったことがある。ところが、このソフトハウスは地方都市にあったのだ。東京から約3時間、電車にゆられて地方都市に降り立った。事前に連絡しておいた開発担当者だけでなく、開発チームの面々、さらにはソフトハウスの社長にまで紹介され、実に面白い話がたくさん聞けた。実際に取材に訪れると、そんな思わぬ出逢いもあるものなのだ。

 最近では、東京や大阪といった大都市には営業本部だけを置いて、地方都市に本社を置くようなソフトハウスもたくさんある。地方在住のライターにとっては、それがメリットになることもあるだろう。
 海外取材に行くことだってある。コムデックスのような大型のショーばかりでなく、香港の電脳の現状を取材したり、あるいは台湾のメーカーを取材することだってある。あるいは、最近ではこれらもインターネットのWebで、ある程度の取材を行うこともできるだろう。
 つまり、従来からある足を使った取材と、パソコン通信やインターネット、電子メールといったものを使った取材とを併用すればいいわけだ。このへんをうまく利用すれば、地方在住のライターでも十分に取材ができる。

 テクニカルライターだからといって、たんにマシンやソフトを使い、それを原稿や記事にすればいい、というわけではないのだ。地味な取材をつづけることで、蓄積されていくものもある。そういう背景があって、はじめて初心者を納得させられる原稿が書けるものなのだ。

 もうひとつ、取材というと、すぐにそのテクニックを問題にする人がいる。はじめて会ったら、最初に問題の核心からズバリと切り込み……、などといった取材テクニックのことだ。ほとんど取材の経験がないから、どうしていいのかわからないといった駆け出しライターも少なくないだろう。
 だが、そんなことは気にする必要はない。取材テクニックなどというものは、数多くの経験を積んではじめて身につくものなのだ。1年や2年の経験で、ベテランが舌をまくような取材ができるようになるなどとは思わないほうがいい。また、ライターの数だけテクニックがあるといってもいい。
 取材で重要なのは、テクニックではない。自分が何について知りたいのか、どこに興味があるのか、その点だけだ。それさえキッチリと把握していれば、取材に行って必要な話が聞けなかったなどという失敗は避けられる。

 自分は口ベタだから、人見知りするから、などと心配する初心者もいる。かく言う筆者も、口ベタで人見知りが激しい。だが、それでも取材に行けば、必要なことは聞き出すし、必要以上の面白い話も引き出せる。
 それはテクニックの問題ではないのだ。興味の問題なのだ。心意気の問題でもあるのだ。自分が何について知りたいのか、どうして取材に来たのか、それがわかっていれば、たとえ口ベタでも必要なことは質問するし、人見知りが激しくても答えが出るまでは質問をやめないものなのだ。
 もし仮に、それさえもできないほど人見知りが激しく、口ベタだったとしても、それはそれなりにテクニックもある。たとえば、最初に質問事項を箇条書きにしておき、実際に会う前にファックスしておくとか、あるいは編集者に同行してもらうといった手だ。

 しかし、実際に取材をしてみればわかるが、訪れる前に考えていたとおりに取材が進むなどということはまれだろう。話題やテーマによって、臨機応変に質問が変えられるようにならなければならない。が、これも経験を積めば自然とできるようになるはずだ。
 テクニカルライター、というよりはもの書きなら、そんな日々の取材をどんどん積み重ね、自分だけの財産を蓄積していくといい。
 ただし、ほんとうのことを白状すれば、筆者も最近はあまり取材をしていない。もちろん、これまでの取材が蓄積されているから、1年や2年は困らないだけのネタだってある。最盛期には、年に1000人近い人に会って話を聞いていたのだ。が、それでも新しい人に会う取材は大切だ。テクニカルライターでも、つねにジャーナリスティックな視点を持つこと――今月号は自戒をも込めて、そう結んでおこう。





今月のお題

 4月号のお題は、あなたがいま書いてみたいアプリケーション解説書の簡単な企画書を作成せよというものだった。大変なお題だ。が、実際にテクニカルライターになりたいと思っている方なら、なによりもまず自分が書いてみたい企画を何本か持っていることだろう。
 そういう企画がまったくないという方は、残念ながらライターなど志さないほうが幸せというものだ。酷なようだが、企画力のないライターは長続きしないし、編集者からも早晩見放される可能性が高いからだ。
 自分が書きたい企画があっても、しかしそれだけではダメだ。その企画が実現可能なものであり、しかも編集者を納得させられるだけの材料があり、そしてこれが最も肝心なことなのだが、売れそうな企画でなければならない。

 売れそうな企画、しかも編集者が飛び付き、そしてタイムリーなものとなると、いま(GW直前)ならマイクロソフト社のオフィス97関連のものと短絡しそうだ。たとえば、田中克也さんはAccess97を使い、「強くて美しいデータベースを作ろう〜 Access 97で住所録 〜」という企画書を送ってくれた。また、傍嶋恵子さんは「Outlook97快適操作術」という企画をたててくれた。

 Access97で住所録を作る解説は、求めているユーザも少なくないだろう。ただし、それだけで1冊にまとめるのはきつい。住所録を作りたいというユーザしか取り込めないからだ。逆にAccessの解説の一部に、住所録をつくるという項があるほうがいい。
 Outlook97については、現在のところほとんど解説書が出ていない。翻訳が1冊あるだけだ。Office97に加わった新しいアプリケーションだから当然だが、逆にいえばどんな方向の企画でも、それなりに乗る出版社があるだろう。
 いや、実はすでに筆者はOutlookについての解説書に着手している。傍嶋さんの企画では、プロットをもっと練り直す必要があるが、目のつけどころは悪くないといえるだろう。

 ワープロがらみの企画もいくつかあった。中島孝夫さんが「まけるな僕等のワードプロ97攻略」というタイトルの企画を送ってくれたし、柴田晃さんも「ただのワープロ〜95の付属ソフトでこんなことができる〜」という企画だった。

 ワープロというと一太郎、それにMS Wordの解説書が氾濫しているが、これにあきたらないのだろう。ただし、企画としては面白いが、営業的にみてどうかなという不安はある。一太郎とワード以外のワープロソフトをたくさん集め、それを1冊にしてしまうという手もあるが、それはムック向けの企画であって単行本向きではない。一太郎やWord以外の解説書があまり出てこないのは、出てこないだけの理由があるのだ。

 表計算ソフトを使った家計簿の企画というのもあった。OKAZAKI Hirokiさんは「表計算ソフトでカンタン家計簿」を、柴田晃さんが「電卓よりかんたん!ラクショー家計簿」を、それぞれ企画書にしてくれた。
 この企画、実はこれまでどの出版社でも出てきては消え、消えては出てきた企画だろう。なぜ消えてしまったのかというと、家計簿という、いわば主婦の作業の領域が、どれだけパソコン化されているのか疑問だからだ。出せば売れるかもしれないが、コケるかもしれない。その冒険に、どうしても踏み出せないのだろう。

 なお、OKAZAKIさんは「すでに星の数ほどのアプリケーション解説書が出版されている状況の中で、どうしたら特徴のある解説書になるかという点から考えてみました」と書き、「ホームページ作成三種の神器」「SOHO支援環境の構築」「表計算ソフトで簡単家計簿」の3本の企画を送ってくれた。ただし、“特徴のある解説書”という考えにはこだわらないほうがいい。読者にとって、解説書に特徴があるかどうかよりも、そこに自分の求めることが書かれているかどうかのほうが問題なのだ。

 今月の応募のなかでは、中島孝夫さんの「SUPER KiDインターネットパックでホーム頁を作る」と、小川祐司さんの「(電信八号と一緒に)快適電子メール」が有望だった。中島さんの企画は、プロットを組み替える必要があると思われたが、現在数多く出ているインターネット本の、ひとつの流れに乗るものだ。うまく企画書にまとめ上げれば、きっとゴーサインを出す出版社があるはずだ。
 小川さんの企画は、電子メールについてもっと突っ込んで解説し、さらにビジネスマン向けにするといいだろう。電信八号というメーラーは素晴らしいソフトだが、これにこだわる必要はないかもしれない。

 というわけで、今月の応募では、すぐにでも企画として進めてもいいと思われるものがいくつかあった。また、ちょっと手直しすれば、出版社が乗ると予想できるものもあった。本気でライターになりたいという応募者もいるようで、頼もしいかぎりだ。
 テクニカルライターにとって企画というのは、いわば武器であり自己アピールであり、商品でもある。実際に企画書という体裁にまとめなくてもいいから、日頃からどんどん企画をたて、武器を磨いていただきたい。

 では、今月のお題。


「インターネットのダイヤルアップ接続とホームページ閲覧の手順を、1000字以内で説明せよ」


 いよいよ文章書きの実戦だ。なお、回答は封書または電子メール(
ここ)でどしどし御応募ください。また、本書の連載は、http://www.takei.gr.jp/ でも随時掲載しているので、バックナンバーを見てみたい方は、そちらものぞいてみていただきたい。

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