[新版]平成テクニカルライター養成講座

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技術評論社「The BASIC」連載
平成
テクニカルライター
養成講座
Text by Kazumi Takei

 



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今月のお題
第5回(97年5月号)

ライター不足時代の
売り込みとコネ


脈はライターの財産

 3月中旬、10年間住み慣れた東京郊外から、都内に引っ越した。
 ライターの引っ越しなど、ごく一般家庭の引っ越しと同じだろうと思われるかもしれないが、これが実に大変だったのだ。まず、本が多い。本当に、嫌になるほど本が出てきた。どこにこれだけの本があるのかと、自分でも驚くほどの多さだ。ダンボール箱で、約200箱。1箱約20キロ強だから、80〜90箱を積むと、2トントラックがそれだけで満杯になってしまう。

 資料類も多い。パソコンを導入すると、ペーパーレスが実現するなどというのは、少なくともライターの世界ではウソだ。ライターの商品、つまり雑誌や本というのは、みんな紙でできているし、メーカーやソフトハウスから送られてくるニュースレターだって紙だ。新聞の切り抜きや雑誌のコピーなど、みんな紙でできている。
 この紙だって、束になれば実に重い。結局、2トントラックが3台、1台は3回往復するという引っ越しで、1000冊以上の本を古本屋に引き取ってもらい、小型トラック2杯分の雑誌や資料も回収してもらった。

 そしてパソコン。デスクトップマシンが3台、ノートパソコン類が5、6台。プリンタやスキャナ、それにこまごました周辺機器まであわせれば、これだけでひと荷物、それも取り扱い要注意の荷物になる。
 ライターの引っ越しといっても、結局は事業所の引っ越しと変わらないということを、身をもって再認識したのだった。

 引っ越したあとも、これまた大変なのだ。ISDNを引きなおしたのはいいものの、シリアルケーブルがどこかに入ったまま出てこない。プリンタケーブルも見あたらない。  かといって、そうそう仕事を休むわけにもいかない。ダンボールの山のなかで、デスクトップパソコンをなんとか組み立て、当面必要な本や資料類だけをデスクの上に積み上げ、こうして何とか原稿を書いているのである。

 実は、シリアルケーブルが見あたらなかったため、ノートパソコンにモデムカードを突っ込んで、これにモジュラーケーブルをつないで通信をしていた。前にも書いたように、パソコン通信はいまやテクニカルライターの生命線なのである。引っ越し当日は、だから京セラのデータスコープで電子メールだけは何とか受信できる環境にしていた。
 プリンタケーブルは、引っ越し後1週間目に、やっとダンボールの山のなかから出てきた。これで宛名を印刷し、転居通知を出したのは、引っ越し後10日もたってからだった。
 まあ、手際が悪いといえばそれまでなのだが、改めて転居通知を出してみると、それがライターの財産だということがよくわかった。

 出した転居通知の数は、それほど多いわけではない。約300通だ。つきあいのある編集者を中心としたもので、もちろん以前取材した先などはほとんど欠礼。友人も、電話で知らせられるところは電話ですませた。が、それでも300通にもなるというのは、やはりこれがライターの財産なのだろう。もちろん、電子メールが使える相手には、メールもフルに活用したのは言うまでもない。
 先月号では企画書の書き方を伝授したが、今月は、この企画書をどうやって売り込むのか、そのノウハウを書いてみよう。

 といっても、最初に書いてしまうが、ぼくは「営業」などということをほとんどやったことがない。いや、少なくともここ14、15年は、営業らしい営業をしていない。転居通知を出した300人弱の編集者が、ぼくというライターにとっての財産だと記したが、その財産があるからこそ、営業などしなくても仕事に困らなかったのだ。
 しかし、もちろんこれからライターとしてやっていこうという人にとっては、その最初の一歩、最初の営業が必要になる。その営業、そしてコネを含めて、今月はライターの売り込みについて伝授してみようと思う。

イター営業は3パターン

 引っ越しの荷物も片付いていないのに、打ち合せがあって某編集部に行ってきた。今度出す単行本の、ゲラが上がっていたので、これの受け渡しだ。いつもは宅配便で送ってもらうのだが、引っ越して間もないこともあり、手渡しにしてもらった。
 ゲラの受け渡しだけでなく、その次の単行本の打ち合せも兼ねていた。編集部のすぐ近くの喫茶店でコーヒーを飲みながら、締め切り時期やポイントなどを打ち合せ、さらに雑談。

 この雑談で、最近はどのへんに興味があるのか、最近の出版事情はどうなのか、読者の興味はどのへんにあるのか、などという話をしていて、さらにもう1冊、企画を詰めてきた。

 ライターにも営業が必要だ、という先輩ライターがいる。たしかに必要だろう。しかし、こんなふうにコーヒーでも飲みながら編集者と雑談しているなかで、新しい企画が生まれることも少なくない。
 いや、実はぼくが営業をあまりしないのは、こうして何かのおりに編集者と打ち合せをし、雑談をしていると、たいていそこで1本や2本の企画が生まれ、それが次の仕事として依頼されることが多いからだ。

 実際、引っ越し直後に2社の編集者と打ち合せをしたが、このわずか2回の打ち合せで、今年の単行本が新しく6冊決まった。企画書など、1枚も出していない。それでも雑談から、6冊分の企画が生まれてくるのである。
 だから企画書を作成し、アポイントをとって、見知らぬ編集者に会いにいく、といった営業はほとんどやっていない。

 ライターの営業といっても、いつくかのパターンがある。細かく分類はできないが、おおざっぱにいえば3通りある。
 まず、知人やライター仲間に編集者を紹介され、この編集者に会って企画を提出するもの。いわゆるコネというやつだ。コネという言葉はあまり好きではないが、ライターの営業は、この方法が基本中の基本といっていい。

 これにもいくつかのバリエーションがあり、同じライター仲間から編集者を紹介されるケースや、編集者が別の編集者を紹介してくれるケースなどがある。
 どの方法でも、とにかく編集者と知り合いになってしまえばいい。一度でも名刺交換をすれば、あとは自分の力だ。新しい企画を売り込むなり、自分自身を売り込むなりして、とにかく1本でも仕事をやってしまう。

 同業ライターが、自分の財産ともいえる編集者を、そう簡単に紹介してくれるものか、と疑問に思う読者もいるだろう。もっともだ。が、これが意外に簡単に紹介してくれるものなのだ。
 出版界というのは不思議な世界だ。いつも貪慾に、売れる本を求めている。しかも同じくらい貪慾に、売れるライターを求めてもいる。売れなくても、きっちり書けるライターを求めているし、書けなくても、売れそうな企画を生み出すライターを、鵜の目鷹の目になって探している。
「どなたか若いライターさん、いらっしゃいませんかね」
 などと真顔で編集者から聞かれることがある。よく考えれば、これほど失礼な話もない。ライターを目の前にして、別のライターを紹介してくれといっているのだ。そんなに若くないけど、目の前にライターがいるだろう。まあ、仕事を依頼されても、それをこなす時間はないが。

 そう、出版界、とくにテクニカルライターの世界では、慢性的にライターが不足しているのだ。出版社によっても大きく異っているが、単行本の編集者なら、月に1冊、またはそれ以上の本を担当しているのがふつうだ。一人のライターが、月に1冊ずつ原稿を書き上げてくれたとしても、できあがるのは月1冊。ストックも含めて、動いている企画が6、7本は常時ほしいものだろう。

 さらに、担当する本の分野も1つではない。ワープロの本も出せば、表計算の本も手がけるだろう。通信の本も売れているし、ハード寄りの本だって出したい。それらを全部ひとりのライターに頼むのは、当然ながら無理がある。
 編集者は、いつだって書けるライターを求めているのだ。
 それと同じように、ライターもまたライターを求めている。忙しいライターほど、自分の仕事を手伝ってくれる若いライターや、編集者の要望に応えられるライターを求めている。そういうライターのなかから、これなら紹介してもいいかなと思う友人、知人を、財産である編集者に紹介するわけだ。

 雑誌の世界なら、もっとライター不足だ。手近にあるパソコン雑誌を見てみるといい。同じライターが、何誌にも顔を出しているだろう。そのすべてが売れっ子というわけではない。ライターが不足していて、あちこちから声がかかるのだ。
 雑誌の場合は、企画によってはどうしてもこのライターに書いてほしい、なんて企画もあるだろう。あるいは、新しい連載をはじめたいとき、誌面を刷新したいとき、編集者が変わったとき、新雑誌を出すとき、新しいアプリケーションが大きな話題となりそうなとき……。
 さまざまな場面で、いつもライターが不足する。とくにここ1、2年のように、一般誌でもパソコンやインターネットの特集を組んだり連載を載せているいまは、一般誌でも書けるライターだって求められているのだ。

 そんな編集者から、電話がかかってくることも少なくない。これは営業とはちょっと異るが、編集者から電話がかかってきて、新しい連載や新しい単行本がスタートすることがある。この連載も、実は担当から電話がかかってきて、打ち合せをし、スタートしたものだ。
 何冊か自分の本を出し、あるいはあちこちの雑誌で記事を書いていると、そうやって知り合いの編集者が増えていく。これらの編集者と次の連載、次の単行本の企画をやる。だからライターにとって、編集者は財産なのだ。そして、たとえ自分の書いた本でも、そういう編集者とともに作り上げた共同制作物なのである。

び込み営業はハッタリで!?

 これらと対極にあるのが、まったく知り合いのいない編集部に電話を入れ、誰か編集者を紹介してもらう方法だ。実は、この方法で営業をしたことは、長いライター生活のなかでも、たった1回しかない。

 もともと筆者は学生時代に、たまたまあるノンフィクションライターと知り合いになり、彼の仕事をお手伝いするという形で、ライターの世界に入ってしまった。あとは彼の知り合いの編集者を紹介され、編集者から編集者を紹介され、といった形でなんとか仕事が途切れずに進んできた。
 スタート当初のノンフィクションから、現在のテクニカルライティングへという変化を考えると、ずいぶん大きく変わったようだが、自分が書きたい企画を出し、編集者から編集者を紹介されるという方法で、いつのまにかやりたい企画が実現するようになるものなのだ。

 わずか1回の営業は、20代前半のことだ。当時、メインにやっていた月刊誌が廃刊し、どうにも身動きがとれなくなってしまった。1日1食、インスタントラーメンをすすり、明日の我が身を憂いてみたりした。
 当時のライターの生命線であった電話が止まり、家賃も払えない。このままでは、どこか出版社にでも途中入社し、サラリーマンになるしかない。

 そこで考えたのが、あるあまり売れていない雑誌の目次だった。一般向けの総合月刊誌という分野だが、売れない理由を自分なりに考え、自分ならこんな記事をこんなライターに書かせてみたい、といった具体的な企画をたてた。もちろんその企画のなかには、自分の連載をさりげなく紛れ込ませてある。
 完璧な目次案ができたところで、編集部に電話をした。
「ライターをやっているのですが、面白い企画があるので、一度お目にかかりたいのですが」
 とくにハッタリをかましたわけではないが、意外にすんなりと約束がとれた。
 3日後に編集部に出向き、副編集長と会った。作っておいた目次案を渡すと、副編集長はざっと目をとおし、これならすぐにでも雑誌が作れますよといってくれた。
 ただし、そんなもので雑誌が作れるはずがない。たしかに、書かれている企画はタイムリーなものだったが、執筆陣を見れば、その雑誌で稿料が支払えないのは目に見えている。結局、自分の連載として立てた企画を、翌月の単発ものとして進める話がまとまった。

 後にも先にも、見知らぬ編集部にアポイントを入れ、編集者に会ってもらったのは、これ1回きりだ。が、このとき書いた記事を見た別の出版社の編集者から電話があり、別の雑誌に記事を書き、さらに別の雑誌でも特集記事を書き、これを単行本にしようという殊勝な編集者があらわれ、という具合に、トントン拍子とはいえないが、なんとか糊口をしのぐことができた。

 こんな話をすると、それはラッキー以外のなにものでもないと思われる方も少なくないだろう。だが、ライターの世界などというのは、そんなものなのだ。
 たとえば、ライターになるなら、とにかく飛び込みでもいいから営業をしろ、などとまことしやかに言う人がいる。だが、これはウソだ。

 考えてみるといい。1回営業をして、1本の企画が通ったとする。ちょっと長い特集や、ましてそれが単行本だったとすれば、この仕事を仕上げるまでに最低でも1か月はかかるだろう。1回の仕事が終わったからといって編集者と、はいさようなら、というわけにはいかない。その間に別の企画も進行するだろうし、別の仕事を依頼されることもある。同じ編集部の別の編集者から仕事を依頼されることもあれば、あなたの記事を見て、仕事を頼んでくる出版社だってあるかもしれない。
 そういう編集者を3人もっていたとしよう。1社で、年間3冊の単行本を書くとすれば、それだけで年間9冊になってしまう。これはもう月1冊ペースだ。

 そうなのだ。まったくコネもライターの知り合いも、また編集者の知り合いもいないという方なら、わずか1回、あるいは2、3回の飛び込み営業をするだけで、ライターとなるための突破口が見つかるはずなのだ。あとはどんな企画を出し、あるいは通った企画をどうこなしていくか、実力のほうが重要になる。
 この、わずか1回の営業を、筆者はそれほど重要だとは思っていない。後述するが、ドキドキしながら電話をかけるような飛び込み営業は、いまどきやらなくても何とかなってしまうからだ。
 この飛び込み営業で重要なのは、もちろん優れた企画や、それまでのライター歴、文章力などだろうが、ここでは「ハッタリである」と言い切ってしまおう。

 筆者の知り合いライターのなかに、こんな豪の者がいる。
 彼は、若者向けの週刊誌などに、ちょっとした無署名のカコミ記事を書いたり、別のライターの手伝いをしていたのだが、そのままではライターとして不安だからと、対抗する青年週刊誌に売り込みに行った。デスクに会い、どんな仕事をなさってきたのですかと尋ねられ、やおら持参したスクラップブックを開いた。
 このスクラップブックには、それまで彼が書いていた記事はもちろんだが、まったく別のライターが書いた無署名の記事が貼り付けられていたのだ。
「ほお、こんな特集もなさったんですか」
 とデスクが驚いた。すかさず彼は、
「ええ、まあ。クルマとスポーツは得意分野でして」
 免許も持っていない彼の口から、そんな言葉が飛び出したのだ。その青年週刊誌は、クルマと野球記事で売っていたから、ではちょっと原稿を頼んでみようか、という話になったそうだ。

 もちろん彼がその後、必死になってクルマと野球について勉強したのは言うまでもない。他人の記事を、さも自分が書いたように見せるなどという手口は、とてもお勧めできるものではないが、そんなハッタリだってときには必要なのだ。
 要は、何らかの形で編集者と知り合いになり、あるいはわずか半ページでもいいから、原稿を依頼されることなのだ。あとはどうにでもなる。
 もし、こんな飛び込み営業を5回、10回とやる必要があるようなら、酷なようだがライターになること、ライターを続けることは、あきらめたほうがいい。企画力、文章力、構成力、人付き合い、それらのいずれかが欠如している証拠だからだ。

ソコン通信は絶好の売り込みの場

 ドキドキしながら、はじめての編集部に電話をかけるような売り込みは、いまどき流行らないと前述した。とくに本連載のテーマであるテクニカルライターの世界では、こんなことをやる必要はないだろう。
 そうなのだ、パソコン通信の普及によって、売り込みも通信でできてしまう時代になったのだ。

 たとえば、ぼくはパソコン通信のメッセージの書き込みを見て、あるいは通信で知り合って、仕事を依頼したり編集者を紹介したり、あるいは共著を頼んだりしたライターがたくさんいる。その数は、これまでに優に20人を超えるだろう。そのなかには、まったくの素人だったものが、いまでは売れっ子ライターになってしまった人もいる。
 前にも記したように、ぼくは単行本を中心に原稿を書いている。その関係で、共著や単行本の執筆、単行本担当の編集者の紹介といったことが多いが、雑誌を紹介したことも数回ある。

 何人かの編集者と話をしても、この話題が出たことがある。たいていの編集者が、一度や二度はパソコン通信でライターを見つけ、原稿を依頼したことがあるそうだ。

 では、パソコン通信を使ってどうすれば、ライターになれるのか?
 まず、編集者やライターがのぞいているようなフォーラムの会議室に、メッセージを書くこと。ライターになりたいのなら、自分がライター志望であることや、どんなテーマを得意としているか、あるいはいまどんなテーマの原稿を書きたいか、といったメッセージを書き込むのである。
 もちろん、会議室の方針や、進行している話題の妨げとなるようなメッセージは、やめたほうがいい。まわりの状況にあわない、自分よがりのメッセージでは、イメージが低下するだけだ。
 ライターを募集している会議室というのも、巡回するといいだろう。売れっ子ライターが、アシスタントを募集したり、あるいは編集者が特殊な分野でライターを募集していることもある。そういうメッセージのなかから、自分にあったものが見つかったら、コメントを掲載したり、個別にメールを送ればいい。これも立派な売り込みなのだ。

 メッセージを読んでいて、そのメッセージの筆者がどこかの出版社の編集者だとわかったら、メールを送ってみるのもいいだろう。その編集者がどんなテーマの本を作っているのか、あるいはどの編集部に所属しているのかによっても異るが、自分の書きたいテーマと合致するようなら、メールを送り、企画を添付してみるのもいいだろう。
 このパソコン通信を利用した売り込みなら、たとえ地方に住んでいるライター志望者でも、簡単に売り込みができる。ライターは、東京圏に住んでいる必要があると思われているが、ことテクニカルライター、それも単行本のライターなら、地方に住んでいても十分に仕事になる。都内在住の必要などほとんどない。

 こんなライターや編集者が集まるフォーラムのひとつに、NIFTY-Serveの「本と雑誌クリエイターズフォーラム」(FBOOKC)があるから、アクセスできる環境にあれば、一度のぞいてみるといい。
 ただし、パソコン通信によって売り込みが簡単になったのに、実は食らい付いてくるライター志望者が意外に少ないのは、ちょっと気になる。本気でライターになりたいと思っているなら、ひとりの編集者、ひとりのライターを見つけたら、トコトン食らい付いてみるといい。相手が辟易し、じゃあ原稿を依頼してみようか、となればいいのだ。とにかく突破口、それも編集者やライターと知り合いになるという突破口が開ければいい。

 コネがない、と嘆いているライター志望者がいる。コネなどというものは、ただ待っているだけではなかなかできない。コネは、待つものではなく、作り出すものなのだ。そのためにパソコン通信は、有力な武器になるだろう。
 ライターになりたい、フリーでやっていきたい、原稿を書きたい、本を出したい……、と口癖のごとく言っているライター志望者もいる。ライターになることなど、実はひどく簡単なことなのだ。パソコン通信でもいい。飛び込みでもいい。実力やライター歴がなければ、ハッタリだってかまわない。とにかく第一歩を踏み出すこと、それが重要なのだ。そのためには、どんな些細なチャンスも、自分の手でつかむべきなのだ。
 そうやってライターとしての突破口を開き、企画を通したら、実際に原稿を書く前に取材をする。来月は、この取材、とくにテクニカルライターの取材テクニックについて書いてみたいと思う。ライター志望者は、それまでにコネの1つや2つ、つかみ取ってみていただきたい。





今月のお題

 3月号のお題は、WindowsCEとはなにか、400字以内で簡単に述べよというものだった。今月も、たくさんのご応募をいただいた。1回目からずっと応募している方もいて、頼もしいかぎりだ。

 この連載でもちょっと触れてきたが、WindowsCEというのはMicrosoft社の新しいOSである。3月末の現時点で手に入るWindowsCEマシンは、カシオのCASSIOPEIA、それも英語版のマシンだけなのだが、昨96年秋に発表されて以来、カシオ、NEC、HEWLETT PACKARD社、日立、PHILIPS社など実に多くのメーカーからWindowsCEマシンのリリースが予定され、実際に試作機も発表されている。パームトップパソコン用の、期待のOSだ。

 このWindowsCEについて、400字以内で簡単に説明するというお題だから、当然ながら詳しい解説などできない。詳しく解説すれば、それだけで1冊の本になってしまう。400字で解説するというのは、いわばそのエッセンスだけを抜き出して説明せよという意味なのだ。

 ところが、字数が少ないためか、意外に手こずっている方もいた。少ない字数で、より多くのことを説明するために、不用意にテクニカルタームを使ってしまうのだ。たとえばプラットフォーム、SH3、MIPS、APIなどといった用語を不用意に使うようではダメだ。
 逆に、たとえ話で乗り切った応募もあった。CEを秋田に、デスクトップを東京にたとえ、 「単身赴任先で買い揃える家電」とたとえた夏井睦さんの説明は、たとえ話としては秀逸だった。ただし、全体の説明は決してわかりやすいものではなかったのが残念だ。400字程度の説明では、たとえ話を使うのはちょっと無理があるかもしれない。

 先月号でも書いたが、今回も熊さんと大家さんのかけあいで説明してきた応募があった。これは400字では、まず無理。もうちょっと正功法で説明していただきたい。
 わずかな字数で、的確な説明を行うためには、何を切り捨て、何をクローズアップするかが重要なのだ。そして、それがライターの力であり、個性にもつながる。わずか400字の原稿に、個性など出るものではないと思われるかもしれないが、驚くほど書き手の視点やユニークさが表現されるものなのだ。

 正功法の説明のなかでは、小川祐司さんのものがわかりやすかった。ちょっと長いが、次のような説明だ。

 WindowsCEとは、Microsoftが携帯パソコン向けに新たに開発した Windowsである。高性能な CPU や大きな記憶媒体を必要とせず、モノクロの狭い画面においても Windows95 に近い操作性を実現しているのが特徴。また、多様なCPU に対応し、ROM で搭載されることを意識した作りになっていることも携帯パソコン向け OS としての特徴と言える。
 Windows95 用のアプリケーションソフトがそのまま動作するわけではないが、電話帳やスケジューラをはじめワープロや表計算、WWW ブラウザなどが予め用意されており、これらは Windows95 用の同種のソフト(Shedule+ やWord、 Exel、InternetExplorer など)に近い操作性を実現している。また、電話帳やスケジューラなどのデータを Windows95 との間で相互運用する手段も提供されており、Windows95 との親和性の高い携帯パソコンを実現する OSとして、注目を集めている。


 もしかしたら、この方はすごく文章を書き慣れているか、あるいはすでにマニュアルや解説書を書いたことのあるテクニカルライターかもしれない。掲載される媒体にもよるが、上記の説明は、そのまま雑誌や単行本の1節として利用できそうだ。

 中野賢一さんの説明も、なかなかの出来だった。全文を紹介できないが、何を説明し、何を切り捨てればいいのか心得ている。

 今回の応募で感じたのは、実際にWindowsCEの搭載されたマシンを使った形跡がない方が多い点だ。もちろん、原稿料も出ず、採用されるかどうかもわからず、まして名前さえも出るかどうかわからない本欄への応募だけに、高い金を出して新たにマシンを購入することもない。
 が、現実にショップに行けば触れられるなら、少なくとも実際に自分の手で触れてみるくらいのことは実行してもいいのではないだろうか。あるいは、インターネットのホームページをあちこちのぞいてみるとか、WindowsCEを搭載したCASSIOPEIAを市販しているカシオに電話し、取材してみる、といった点も必要だろう。

 来月号では、このへんの取材のノウハウについても説明するが、真剣にテクニカルライターになりたい、原稿を書くという職業につきたい、本を出して、あわよくば印税で左団扇の生活をしたい、などと夢見るなら、ラクなことばかりしているようではダメだ。真剣な応募を、お待ちしている。


 というわけで、今月のお題だ。


「売れ筋ノートパソコンを調査して、その結果をレポートせよ。ただし字数は800字以内とする」


 なお、回答は封書または電子メール(
ここ)でどしどし御応募ください。また、本書の連載は、http://www.takei.com/ でも随時掲載しているので、バックナンバーを見てみたい方は、そちらものぞいてみていただきたい。

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