[新版]平成テクニカルライター養成講座

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技術評論社「The BASIC」連載
平成
テクニカルライター
養成講座
Text by Kazumi Takei

 



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今月のお題
第1回(97年1月号)
テクニカルライターという仕事


成バブルのはじまり

 52万字――96年10月の1か月間に書いた原稿の文字数である。400字詰め原稿用紙で、約1300枚。1日約43枚。
 この数字、ライター仲間のあいだでも、わりと多いほうだ。原稿を書くなどということに縁のない人にしてみれば、こんな数字は一生分になるかもしれない。

 平成テクニカルライターは、いまやバブル期にある。やってもやっても、仕事がひっきりなしに飛び込んでくる。このバブル期、実は95年秋のWindows95の発売からはじまったもの。ネコも杓子もパソコンを購入して、その結果がこのバブル。ライターばかりじゃなくて、出版社だってWindows95特需でウハウハだったのだ。
 さらに輪をかけたのが、それに続くインターネット・ブームだった。インターネットと名がつけば、とにかく売れる。内容などにおかまいなく、とにかくどの本もインターネットの文字をタイトルに、あるいはサブタイトルに入れた。
「パソコン」「Windows95」「インターネット」の3つがそろえば強力だ。そんな本が、いまや書店の棚にあふれている。それを書いている著者の多くが、いわゆるテクニカルライターである。

 テクニカルライター――自由国民社の『現代用語の基礎知識1995年版』によれば、「OA機器の素人向け操作マニュアルの作者。技術文書作成者」なんだそうだ。あるいは朝日新聞社の『知恵蔵1996年版』には、
「テクニカルライター:technical writer コンピューター関連機器などの取り扱い説明書を素人にもわかりやすく書く専門家」

 となっている。ううむ、わかったようでわからない説明だ。
 というわけで、平成テクニカルライターの実態と実践、そしてどうしたらテクニカルライターになれるのか、売り込みのノウハウから文章作成のコツまで、まとめて面倒みてしまいましょう、というのがこの連載なのである。うむ、なんだか偉そうだぞ。

 ところで、現在巷にあふれているテクニカルライターには、大別すると3種類がある。次の人種だ。

 (1)パソコンブックライター
 (2)パソコン雑誌ライター
 (3)マニュアルライター

 これらのライターを総称して、テクニカルライターなんぞとよんでいるが、最近では別の人種もぼちぼち出はじめている。いわゆるフリーライターのテクニカルライター化だ。
 実はいま出版界には、頭の痛い問題がある。本が売れないことだ。たとえば、ちょっと前まで破竹の勢いだった戦記シミュレーションもの。新書サイズで、毎日5冊も6冊も新刊で出ていたのに、このところとんと売れない。
 新書サイズといえば、かつて10年ほど前までならビジネス書が大流行だった。メモの取り方だのビジネストークのネタだの、あるいは経営とは何ぞやってやつ。あの分野がもうボロボロ。ビジネス書も小説も、売れないのだ。
 売れないからどうするかっていうと、店をたたんで田舎に帰ったわけじゃない。売れてる分野に進出してきたのだ。それが理工書分野。いわゆるパソコン本だ。いまならインターネット本でもある。

 一般書籍、あるいはビジネス書を中心とした品揃えだった中小出版社が、こぞってパソコン本を出しはじめている。まさに「バブルあるところに、人集まる」のたとえどおりだ。いま造った言葉だけど。
 こういう出版社で、これまで実用書を書いていたライターが、こぞってテクニカルライターに変身しはじめているのである。それが第4の人種である。パソコン本が売れてるからって、昨日今日パソコンを初めて購入し、「Windows95なんてカンタン!」なんて本をバシバシ出してくる。困ったことに、DOSの知識さえなく、トラブると平気でBBSなんかに質問を出したりする。ただし、ライター歴がそこそこあるから、日本語の文章はけっこうしっかりしていたりする。

 まあ、こんなライターも含めて、テクニカルライティングのノウハウなんぞも面倒みてしまいましょうという、なんとも寛容な連載なのである。


イターから評論家へ――ブックライター

 テクニカルライターの3つのタイプを紹介したが、テクニカルライターって何ぞやということをしっかり把握するためには、あるいは自分がどんなライターになろうとしているのか、将来をしっかり見据えるためには、それぞれの特長をとらえておく必要があるだろう。

 まず、パソコンブックライター。
 文字どおり、パソコン解説書、ソフト解説書といったものを書いているライターだ。書店の理工書の棚にならぶ単行本を書いている著者である。たいてい無名というか、知名度は高くない。
 考えてみればわかるだろうが、この手のパソコン本だのソフト解説書だのといったものは、作者の名前で買う読者なんてまずいない。どのソフトを取り上げた解説書なのか、どんな切り口で、どの程度のターゲットの読者層を狙っているのか、それを判断して買っていく。
 だから作者が誰だろうと、あまり関係ない。自分に必要な情報が詰め込まれていればいいのだ。作者としては不本意だろうが、世の中なんてそんなもの。小説やエッセイではないのだ。

 本を書くなどというと、すごく大変そうだが、実は仕事は断りきれないほどある。3つ4つの出版社とつきあいがあれば、年間10冊ぐらい楽に依頼がくる。同じネタで、同じような本を書くこともある。
 いや、たとえばWORDの解説書を書きながら、一方で一太郎の解説書を書いたりもする。従来のライターの概念からすれば、こんなことはあってはならないことなのだが、ことパソコンブックの世界では日常茶飯事なのだ。

 ライターの世界でもよく、ひとりでやってるから営業も大変でしょう、などとしたり顔で尋ねるライター志望者がいる。こんな人に対しては、すっごくタイヘンなのよと答えることにしている。まあ大変ではあるのだが、むしろ仕事を断るほうが大変なのだ。2、3年もこの業界の水に浸かれば、営業なんて縁がなくなるほど。その意味でいえば、こんな楽な仕事はない。
 1冊のパソコンブックの原稿量は、手近な本を見るとわかるが、400字詰め原稿用紙で換算してだいたい300枚〜1000枚。あまりにも差があるが、これはページ数と掲載する画面数で異なってくる。画像を中心としたビジュアルな本作りをしているのか、超初心者を相手になぐべく厚くならないようページ数をおさえているのか、といった点でも異なってくるわけだ。
 そこそこ売れてるライターは、だから忙しい。毎月1冊、年間12冊の解説書を書いているライターなんてのも、決して珍しくない。パソコンブックライターは、だから忙しくてパソコン雑誌などに寄稿しているひまもないのだ。

 パソコンブックライターから、一般書のブックライターやエッセイスト、あるいは小説家に転身する例もある。もっとも手軽なのは、パソコン関連の評論家になってしまう道で、このところ人気のインターネットものでは、そんなライターも少なくない。インターネットに関する解説書を書き、企業向けの講演会などで駄法螺を吹きまくり、一躍評論家への道を突進することだって可能なのだ。

しいわりに実入りの少ないマガジンライター

 Windows95の登場で、出版界には大きな異変が起きた。パソコン雑誌が、それこそ無数ともいえるほど創刊されたことだ。
 もちろん、それまでにもパソコン雑誌はかなりの数が刊行されていたが、95年末にはほんとうに書店の雑誌の棚を占拠してしまいそうなほど、パソコン雑誌が創刊された。
 このとき創刊された雑誌のなかで、1年後のいまでも残っているものはそう多くはないが、それにしてもかなりの数のパソコン雑誌が毎月発行されている。
 これらのパソコン雑誌を中心に活躍しているのが、マガジンライターである。ただし、マガジンライターのなかにも大別すれば3種類ほどのテクニカルライターが存在する。

 たとえば、それまでメーカーやソフトハウスなどにいて自分の専門として研究していた分野で、たまたま雑誌から依頼されて原稿を書き、それが縁でライターに転身した者。初期のころは、こんなライターがたくさんいた。そもそも、パソコンの歴史そのものが新しいのだ。新しいから、それを専門とするライターがほとんど存在していなかった。そんな状態で雑誌を出すからには、きちんと記事のかける専門家が必要だったのだ。

 “読者あがり”のライターも多い。これはパソコン通信が広がったころからの傾向だろう。フリーソフトやシェアウェアの解説記事を、実際に使っているユーザーの立場から原稿にし、それが縁で雑誌ライターになったといったケースだ。
 雑誌編集部としては、そこそこの記事が書ければ、ライター不足を補う意味でも恒常的にそんなライターを利用したい、と思うのだろう。自分の書いた記事が掲載されて舞い上り、一人前のライターですって顔で、とんでもない文章を書き続け、ついでに恥もかき続けているライターもいるが、なかにはこれぞ天職といえる良質なライターもいる。

 最後が、一般誌のライターからの転職。パソコン雑誌の編集者といえども、編集者にかわりない。一般誌の編集からパソコン雑誌の編集にまわされ、それまでつき合いのあったライターに仕事が依頼されて、マガジンライターになってしまったという人もいるだろう。最近では、このケースが多くなっているようだ。

 マガジンライターも、忙しい。この業界、恒常的にライター不足なのだ。雑誌を見ればわかるが、同じライターが何誌もかけもちで書いていたりする。
 実のところ、これはあまりいい傾向ではない。週刊現代のライターが、週刊ポストにも書いているなどといえば、ライター業界では噴飯ものだ。そんなことが知れたら干されてしまうのがオチなのだが、ことパソコン雑誌に関してはこれが常識だったりする。競合誌を見て原稿を依頼してくる編集者がいるくらいなのだから、すでにパソコン雑誌ジャーナリズムなんぞというものは地に墜ちているのだろう。

 何誌もかけもちで、月14、15本もの締め切りを抱えているマガジンライターも多いが、しかし実入りはさほどよくない。2日に1本の締め切りでヒーヒーいいながら、いいところ同年代サラリーマンと同程度かちょっといいくらいの原稿料だ。忙しすぎて、じっくり単行本を書くなどというのも難しい。若いライターにしか務まらない世界だと割り切ったほうがいいだろう。
 ただし、最近ではムックの請け負いも多くなっている。1冊まるまる請け負って、安い原稿料で若いライターを使えばいいのだ。プロダクション方式ともいうべきもので、これならマガジンライターでもかなりの収入につながる。

減りしていくマニュアルライター

 テクニカルライターとは、もともとはマニュアルライターだった。メーカーやソフトハウスで、自社製品のマニュアルを書いていたのがそもそものはじまりなのだ。だからテクニカルライターのなかには、かつて掃除機のマニュアルだの冷蔵庫のマニュアルだのといったものを書いていた、なんていうライターもいる。
 しかし、テクニカルライターという言葉の発生から考えれば、これが正しいライターの姿なのだ。

 中小のメーカーやソフトハウスでは、マニュアル制作専門の部署があるところなど多くないから、開発スタッフがマニュアルも書いていたりする。それらのなかから、会社を辞めてライター業に転身してしまった者もいる。
 逆に、マニュアル制作部署がないから、フリーのライターにマニュアル制作が依頼されることもある。が、そんな企業では相場もわからないから、むちゃくちゃな原稿料を言ってきたりもする。

 かつてあるアプリケーションのマニュアルを書いてくれと依頼され、原稿料を尋ねたら、約300ページのマニュアルを20万ほどでという返事だったことがある。
 原稿料については、この連載でもかなり詳細に紹介したいと思うが、本来なら社員が書くマニュアルだから、月給程度でいいやとでも考えたのだろうか。

 この本来的なマニュアルライターは、最近では減ってきているようだ。Windows95の浸透で、アプリケーションソフトの肥大化が進んでいる。こんなソフトのマニュアルを書こうものなら、300ページで5分冊なんてことになりかねない。それよりもヘルプ機能を充実させ、なるべくマニュアルを減らそうと考えているようだ。ユーザーのためにも、そのほうがいいと本気で考えていたりする。
 また、ソフトやハードの解説本が書店に並んでいるから、わざわざ金をかけてマニュアルを制作しなくてもいいと、そっと耳打ちしてくれたソフトハウスさえある。
 そんな状況だから、本来的なマニュアルライターは仕事が目減りしている。あなたがいま、マニュアルライターという立場にいるなら、さっさと転職するか、企画書を持って出版社に営業に行ったほうがいい。

クニカルライター第4の波

 最近増えてきたのが、この4番目のライターだ。一般誌からの転向組、あるいは一般誌とのかけもち組である。
 ビジネス書が売れなくなって、多くの出版社がパソコン本に手を出しはじめていると前述した。これらの出版社では、もともと理工書など出していなかったから、ライターがいない。ビジネス書のライターのなかから、少しばかりパソコンに詳しいライターを選んで、パソコン本を出させたりするわけだ。あるいは、パソコン関連の月刊誌を創刊し、編集者について一般誌から移ってきたライターも少なくない。
 パソコンなんて知らなくても、とりあえずちょっと駆け回れば記事が書ける。そのうちパソコンに詳しくなってきて、そこそこのパソコン本を出すようになる。自分の著書があればその後の営業もしやすいから、こんなライターにもどんどん声がかかる。

 実は、かくいう筆者も、一般誌からの転向組といえる。もっとも、転向したのはもう14、15年前になる。それまでサラリーマン向けの総合月刊誌に寄稿したり、青年週刊誌で特集やニュースネタで記事を書いていたのだが、たまたま出はじめのワープロ専用機を購入し、これについて単行本を1冊書いたのがはじまり。
 書いた原稿は、フロッピー入稿で印刷所に入れた。まだフロッピー入稿などという言葉さえない時代だった。そのうちパソコンを導入し、ワープロソフトだの表計算ソフトだのをテーマに単行本を出し、あるいは情報収集や活用法について、どちらかといえばビジネス書に近いノリで単行本を書いてきた。
 さらに、エディターや日本語入力の話、パソコン通信ネタ、そしてウィンドウ、インターネットとつづくのだが、とにかく自分の興味のあるネタでしか書かない。切り口も、いわゆるパソコン本らしくなく、それがウケたのだろう。
 もちろん、ソフトハウスのマニュアルも書けば、パソコン雑誌にも寄稿した。同時に、一般誌でもパソコンネタ、通信ネタで特集を組んだ。もともとルポライター(いまや死語だ)だったが、一般誌ではそんなネタで勝負できるライターは少ない。
 いまではたいていの雑誌が、パソコンに詳しいライターを何人か抱えているが、当時は重宝がられたのだろう。そうやってこの業界を漂っているうちに、10年で60冊を超える著書がたまってしまった。

 この一般誌からの転向組テクニカルライターは、今後も増えつづけていくだろう。サラリーマン向けの、あるいはOL向けの雑誌で、携帯電話やファッション、グルメなどの記事と同じように、パソコンもまたそれらのものの延長線上にあるのだ。
 ポパイやホットドッグプレス、ブルータス、それにアンアンやLeeがパソコンの特集を組むのと同じように、そのうち主婦の友だの文藝春秋だのがパソコン記事を載せるようになるだろう。そんなとき第一線で活躍するのが、一般誌からの転向組テクニカルライターなのだ。

クニカルライターは羊を喰う夢を見る!?


 テクニカルライターといわれる職業について、簡単に分類・紹介したが、こんなものは一般用語ではない。現代用語の基礎知識にだって掲載されているくらいだが、職業はと尋ねられて、「テクニカルライターです」などと答えてもほとんど誰もわかってくれない。
「何のテクニックですか?」
 こんな反応はいいほうだ。“テクニカル”だから、パソコンやソフトを利用する上でのテクニックを解説するライターだともいえる。
「小説も書くんですか?」
 書かせてくれるなら、書いてみせるぞ。誰か仕事くれ。
「旅行に行けていいですね」
 そりゃトラベルライターだ。忙しくて、コムデックスだって行けない。
「テ、テロリスト?」
 だからあ、ライターだってば。もの書きですよ、恥もかくけど。
「なんか、いやらしい〜」
 オレはAV男優かっての。

 さまざまな反応がある。でも、ちょっとパソコンに詳しくて、日本語がきちんと書けて、そして若干の営業センスがあれば、だれだってテクニカルライターになれるのだ。
 もちろん、そのためにはいくつか押さえるべきポイントもある。売れてくれば、地方にいたってできる仕事だ。男性でも女性でも、主婦だろうが子持ちだろうが、関係ない。
 しかもうまくすれば、年に何冊か自分の名前の載った本が書店に並ぶ。それが売れれば、印税生活だって夢じゃない……。

 Windows95の登場によって、パソコン書籍・雑誌の業界はバブルに突入したが、テクニカルライターの世界だってバブルなのだ。データクエスト・ジャパンの調査によれば、95年の国内パソコン出荷台数は、前年比71%増の571万台とか。一家に1台とはいわないが、他の業界と比べれば驚異的な伸びだ。
 当然、雑誌や書籍を欲しがる初心者も急増している。テクニカルライターがいくらいても追いつかないのだ。バブルは、まだまだ続くだろう。
 ただし、一般誌のライターがこぞって手を出しはじめている現在、ズブの素人が今日から「テクニカルライターです」って顔して仕事できるほど、この業界も甘くはない。それに近いライターはいくらでもいるが、ライターを続けていくには、それなりのセンスと努力だって必要なのだ。
 しかし、バブル期のいまだからこそ、テクニカルライターになりたいという人、文章を書いて食っていきたいと夢見る乙女、そしてパソコン好きなオタッキー諸君には、またとないチャンス!
 テクニカルライターになりたい、自分の本を出したい、印税生活を送りたい――そんな夢を見ているそこのあなた。そう、あなた! そんなあなたのために、テクニカルライターになるための方法と、そして売れっ子になるためのノウハウを、来月から大公開してしまおう。

 これは、バブル真っただ中の、平成テクニカルライター養成講座なのだ。






今月のお題
 この欄では、テクニカルライティングのノウハウを駆使しながら、いかにわかりやすい文章を書いていくか、いわば添削を行っていく。
 テクニカルライターになりたいという方、あるいはそんな部署にいるがどうも文章に自信がないという方、そしてこれなら文句はないだろうと自信満々の方、どしどし応募していただきたい。当選者にプレゼントはないが、添削してみようってわけだ。
 で、今月のお題。

「フォーマット」について簡単に説明せよ。

 なお、回答は封書または電子メール(
ここ)でどしどし御応募ください。


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