2005年02月23日

ソニー、CLIEから撤退

 とうとうというか、やはりというか、ソニーがCLIEからの撤退を発表しました。

ソニー、クリエの新機種投入を終了~現行機種は7月末まで生産

 ソニーが、PDA「CLIE(クリエ)」の新機種投入を終了することが明かになった。現行機種の生産は7月まで行なわれる。――ケータイWatch(2005/02/22)


 ソニーがPalmOSマシンを発売したのは、2000年9月の「PEG-S500C」と「PEG-S300」が最初でした。以来、CLIEブランドで実に多くのPalmマシンを発売してきた。

 それまでのPalmOSマシンは、1996年に米3COMがPilot1000を発売したのを皮切りに、IBM、Handspring社、TRG社などがこの分野に参入。数多くの製品が発売されていました。それが2000年にソニーが参入することで、日本のPalmOS市場が一変しました。

 もともとPalmというのは、その誕生から実に複雑な運命をたどっています。PalmOSの開発元であるPalm,Inc,は、もともとは米シリコンバレーでベンチャー企業としてスタートしたPalmComputing社が、米3COM社の一部門として設立したものです。
 その3COM社は、1996年に初代PalmマシンであるPilot1000を発売するにあたって、モデムメーカーのU.S.Robotics社に吸収合併されています。このため初代Palmは、U.S.Roboticsのプランドで発売されました。
 ところが、このU.S.Roboticsはその後、再び3COM社に買収され、PalmComputing社もまた3COMに返ることとなりました。
 さらに2000年2月、PalmComputing社は3COMから分離独立し、新たにPalm,Inc.を設立。また日本法人パームコンピューティングも設立されました。
 初代PalmであるPilot1000が発売されたのが96年ですから、わずか4年の間に、Palmシリーズは3COM、U.S.Robotics、Palm,Inc.と発売元が三転しています。しかもここにIBMが参入し、さらにHandspring社、TRG社、ソニーなどが参入したのです。

 96年に発売されたPilot1000は、当然のことながら英語版でした。日本語での利用は考えられていなかった。
 これが96年10月に山田達司氏が日本語化ソフト「J-OS」を発表したことで、日本でもPilotを日本語化して利用することができるようになりました。同年、U.S.RoboticsからはPalmシリーズの日本代理店版「PalmPilot Professional 日本代理店版」が発売されましたが、この日本代理店版は、日本語マニュアルと保証書が添付されはしましたが、Palmが日本語化されたわけではありませんでした。
 Palmの日本語版は、99年5月の日本IBMから発売された「IBM WorkPad」が初で、それまではJ-OSを利用して英語版を日本語化して利用していたわけです。

 このような経路をたどっていたため、ソニーブランドで日本語化されたPalmOSマシンが登場したのは、画期的なことでした。以来、ソニーから実に多くのCLIEブランドのPalmOSマシンが発売されました。

 Pilot1000を、アメリカのオンラインショップで購入した日のことを、今でも覚えています。最初はこのマシンを、英語で利用していましたが、すぐに日本語化に成功。今から思えば無骨なマシンでしたが、かなり気に入って使っていました。
 以来、実に多くのPalmOSマシンを使ってきました。いまではもう取り出すのも大変ですが、たぶんCLIEを含めて30台以上を購入したでしょう。そのPalm熱は、2002年に発売されたシャープのLinuxザウルスで、そちらに移ってしまいましたが。

 ソニーがCLIEの新機種投入を終了することで、日本でのPalmOSマシンはとりあえず終焉するのでしょう。
 ただし、PDAというカテゴリ以外のところに、PalmOSが出てくる可能性もあります。PalmOSを利用したスマートフォンのようなものが、ソニーから、あるいはソニー・エリクソンから出てきたらいいなあと、期待していたりします。

投稿者 kazumi : 2005年02月23日 08:39

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