2004年05月30日

文庫「本コロ」

だれが「本」を殺すのか 上巻 今月の新潮文庫の新刊で、「だれが「本」を殺すのか(上・下)」(佐野眞一/新潮文庫)が出た。

 3年前、2001年に発刊された同書の、文庫化だ。出版や流通や本屋や読者や図書館……、いろんな話が出てくる。
 最近編集者に会うと、必ずそんな話でため息をつく。盛り上がるんじゃなくて、盛り下がるのだ。

 このところの出版界は、まさにボロボロの状態だ。ここにきて、ほんのわずかだけ底を脱したように見えなくてもないが、そんなことはない。実際にはまだまだ奈落の底に沈んでいくしかないのである。
「だれが「本」を殺すのか」(以下「本コロ」)は、その出版状況を、著者から出版社、取次、書店、読者まで縦断し、まさにこの状況を作り出した犯人探しを行なっていた。

 その「本コロ」の文庫化にあたって、佐野は「文庫版のためのやや長い前書き」と、「検死編」を書き足している。単行本として出した「本コロ」の部分を「捜査編」とし、犯人探しをした後、死んだ本を「検死」したわけだ。

 佐野がブロローグでも書いているが、出版界は97年以降7年連続で、前年の売上額を下まわっている。右肩下がりに推移しているのである。
 2003年には「バカの壁」(養老孟司/新潮新書)が、そして"文壇モーニング娘。"現象となった「蹴りたい背中」(綿矢りさ/河出書房新社)「蛇にピアス」(金原ひとみ/集英社)が、さらには「世界の中心で、愛をさけぶ」(片山恭一/小学館)がミリオンセラーとなった。「バカの壁」は300万部を超え、「蹴りたい背中」が120万部、「世界の中心で愛をさけぶ」が200万部を、それぞれ超えている。
 そして2004年9月には、世界的大ベストセラーであるハリー・ポッターと不死鳥の騎士団 ハリー・ポッターシリーズ第五巻「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」(J.K.ローリング/静山社)が出る。

 だが、これが出版不況を脱するきっかけになる、などと考えたらそれこそ「バカ」の壁を超えられない真正ばかだ。
 なぜ、ミリオンセラーが出るのかについても、「本コロ」文庫できちんと説明されている。

 まあ、だいたいからして本をどのくらい買う(読むんじゃなくて、買う)か計算してみるといい。(株)ニックネーム・ドットコムが2004年3月に行なった第28回「本・雑誌の購入」に関するアンケートによれば、調査前の3ケ月間で購入した本・雑誌は、ともに「1~3冊」が41%でもっとも多くなっていた。3ケ月間で1~3冊、つまり、月1冊にならないのだ。年4~12冊。これじゃ書店も取次も、出版社も著者も、誰も潤うはずがない。

 出版なんて、業界全体で年2兆円ほどの売り上げしかない。トヨタの2004年3月の連結決算が、最終利益で1兆1,620億円。売上高でいえば17兆円だ。出版全体で、トヨタ1社の足元にも及ばないのである。

"システム作り"を、編集者と話したことがある。欧米の出版システムを取り入れたり、再販制度を崩壊させたり、流通を根底から覆したり、いろんなアイデアが出てくる。だが、それを颯爽と実行できる有能な人間が、たかだか2兆円の売上しかない業界に手を出すはずがない、という結論に達する。出版など、その程度のものなのだ。

 下巻で、「検死編」を書き足していると記したが、文庫化のために書き足したなどという分量ではない。文庫のページ数でいえば、下巻163ページから428ページまでの265ページ、それに上巻の「文庫版のためのやや長い前書き」20ページを合わせて、全部で285ページ分が追加されているのだ。ほぼ単行本1冊分が追加されているのである。
 となると、この「本コロ」の文庫は、単行本とは別物と考えてもいい。そして、書き足した部分が、まさに「本コロ」初出のときとはまったく異なる"いま"を捉えているのである。

投稿者 kazumi : 2004年05月30日 06:11

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